ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

怪談 ~織田・太宰~

『・・・するとその時でした。手にしていたろうそくの明かりがふうっと消えたのデス。風もなく、物音もなく、すうっと・・・』

 明かりを消して真っ暗になった室内はしんと静まり返っている。皆の注目を集めながらろうそくの明かり一つをその横顔に照らしながら小泉八雲が密やかに語り続けた。

『・・・ずるり、ずるりと、音が聞こえるのデス。気配はするのに闇の中で何も見えません。でもその気配は確実にこちらへ近づいていマス。身体は金縛りにあったのか動くことすらできずただ目線だけがぎりぎりとそちらへ強制的に向けられていくのデス。そして手を伸ばせばそこにいると思われるほど近づいてきたその時・・・!』

 ばっとこちらを向いた小泉の顔が下から照らされたろうそくの明かりに妖しく浮かび上がった。その不気味な笑みに食堂は悲鳴と絶叫の渦に巻き込まれた。

 

「うわぁぁぁ!」

 突然絶叫した太宰は隣にいた織田の上着の袖を離すまいと握りしめた。部屋の中では太宰のほかにも何人か悲鳴を上げている。

 さすが怪談話専門の小泉八雲。語る口調もおどろおどろしく恐怖が効いて絶妙だ。

 しがみついて離れない太宰をなだめるように、織田は軽く背中を叩いた。

「あのなあ、太宰クン。これは八雲先生の作り話やで。ほんまもんの話やないんやからそなにおどろかんでも」

「え、オダサクは平気なのか。俺は駄目だ、今も後ろだって振り向けないのに」

 掴んでいるその手から振動が伝わってくる。太宰は本気で怖がっているようだ。いつもは自信過剰なのにふとしたことで縮こまってしまう。

 織田は呆れて尋ねた。

「そなに怪談話が苦手やったらなんでわざわざ聞きに来たんや」

「だって、芥川先生に一緒に聞きに行かないかって誘ってもらったんだ。行かきゃだめだろ!」

「その芥川先生はとっくに舟をこいでますけどなあ。こんな阿鼻叫喚が飛び交うにぎやかな場所でよう寝れますわ」

 まだ悲鳴が鳴り止まぬ食堂なのに片隅の椅子に座っていた当の芥川龍之介は幸せそうにすうすう寝息を立てて、菊池寛に体重をかけたまま寄り掛かっていた。迷惑そうにしわを刻みながらも菊池は黙って肩を貸している。

 台上では小泉が大げさな仕草で手を横に振り仰ぐと深々とお辞儀をした。先ほどの怪談のおどろおどろしさはどこへやら、陽気に皆に笑顔を振りまく。

「これでワタシの怪談はおしまいデス。ではみなさん、明日の次回をお楽しみにしててください!」

 明日もやるんかいと心の中でツッコミつつ、織田は隣の太宰をつついた。ぱっと暗かった室内に明かりがともり、怪談話に震えさせられた非現実にいつもの空間が戻ってくる。

 皆が椅子から重い腰を上げていくのを見て、織田も立ち上がった。

「帰るで、太宰クン」

 さっさと帰ろうとしたところでがしっと腕をきつく掴まれた。腰を抜かして動けないのか、眼下では目を潤ませた太宰が子猫のように見上げている。

「え、俺、今日一人で寝れないよ」

「・・・わかったわ。しゃあないな、ワシの部屋来たらええわ。今日だけやで」

 ぐっと喉を詰まらせてから、織田はため息をついた。彼のこの目にはどうしても勝てない。

 

 

 部屋の窓の向こうで時折稲光が走る。数秒遅れてゴロゴロと低く空が呻く音が鳴り響いた。自分の部屋で本を読みながらソファでくつろいでいた織田作はけだるげに真っ暗になった外を眺めた。

「天気悪いなあ。これからひと雨くるんちゃうか?」

「・・・なんか変なものが出そうな気がする」

 ベットの上で頭から布団をかぶりながら太宰がまだふるえている。

「だからあれは八雲先生の作り話やって言ったはずやろ」

 織田作がまだ怯える太宰を叱咤しようと振り向いたその時だった。図書館を震わすような轟音と共に窓という窓が強烈な光で輝いた。

 ばしっとはじけるような音が聞こえた気がした。

「なんや!」

 ぱっと天上から部屋を照らしていた明かりが消えた。あわてて窓から他の部屋をうかがうが先ほどまでついていたはずの建物の明かりは全部消えてどこも真っ暗だった。そっと廊下への扉を開いたがそこもすでに闇に沈んでいる。

「停電や。どうやら図書館に雷が落ちたみたいやな」

 冷静さを崩さない織田とは反対に、太宰は先ほどの余韻が抜けないうちにこの停電だ、パニック状態になっていた。

「お、おばけじゃないよな」

「だから雷で明かりが消えただけや。おばけなんかやない」

 古い本がたくさんある図書館だからこそそう言った幽霊とか妖怪とかの話には事欠かない。だが誰よりも早くこの図書館に転生していた織田からすればそんな現実にはあり得ない存在を今までここで見たことはない以上信じるというのは難しかった。

 ただいくら待っても電気が回復する気配はない。

 どうしたものかと戸口の隙間から暗い廊下を眺めていると、突然耳元へ密やかに声をかけられた。

「織田君」

 「だあぁぁ・・・って、室生先生?」

 手燭に灯のついたろうそくを載せて右手に掲げもっていた室生犀星の姿が闇の中にぼんやりと浮かび上がる。

「なんだよ。そんな大声を上げさせるほどおどろかせたか?」

 呆れて肩をすくめた室生に、織田は手を振って何でもないと否定する。

「いや、急に耳元で聞こえたからびっくりしたんですわ。それで先生はどないしたんです?」

「急に停電になっただろう。俺は猫に言われて各部屋にろうそくを配っているんだ。あと今日の助手は太宰君だろう? 電気の回復の方は彼に任せたいんだけど。部屋にいなかったからこっちかなって、いる?」

「まあ、おりますけど」

 口を濁しながら部屋の中を視線を投げる。ベッドの上の太宰は織田の突然の大声に驚いたのか、頭からすっぽりと布団をかぶって小さく震えている。

 隙間から中を覗いた室生が首を傾げて問いかけた。

「太宰君は雷が怖いのか?」

「そういうわけやあらしまへんけどなあ」

 どういうべきか迷う織田だったが、室生は何を気にするのかそわそわして落ち着きがない。

「それよりも先生はどないしました? 何か気になることでもあるとか」

「いや、実は朔が見当たらなくて。あいつを真っ暗な中で一人にすると心配だから探しているんだ。きっと突然の停電で突然暗くなって混乱しているはずだからな」

「それは大変ですな」

「だから電気の回復は今日の助手である太宰君に任せたいんだ。織田君もぜひ手伝ってくれ、君たちは友人だろう。電気はブレーカーを上げればすぐ回復するから、じゃ、頼んだよ!」

 織田の手に数本のろうそくを押し付けると、室生はさっさとどこかへ行ってしまった。相変わらず慌ただしい人や。

「しゃーない、太宰クンは助手なんやろ。仕事をさっさとすませようやないか」

 太宰のひっかぶっていた布団をはぎ取って、無理やり腕をつかんで引っ張ろうとした。だが彼は嫌だと抗う。

「真っ暗で怖いって。おばけが・・・。オダサク一人で行ってくれないのか?」

 上目づかいに潤ませて見上げられて、織田はうっと喉を詰まらせる。このお願いといわんばかりの目線にどれだけの人間が情にほだされたか。転生して若い姿に変わったことでさらにそれが凶悪性を帯びていた。

「ダメや、わがままはゆるしまへんで」

 なるべく見ないように目を閉じて冷たく言い放つ。太宰は頬をぷくっと膨らませて不満げにつぶやいた。

「織田作のけち」

「どうとでもいいや。ほな、いくで」

 部屋を出て隣の坂口安吾の部屋の扉を叩く。だがいくら叩いても反応がない。耳を扉に近づけて音を聞くと、かすかにいびきのような声が聞こえた。

 扉から耳を離すと織田は軽く舌打ちした。

「なんや、安吾寝とるんかい」

「あいつ、俺たち三人でいつでも一緒だって言ってたよな。三羽烏ってそういうことじゃないのか」

 ずるいと言いたげな太宰に織田は無理やと首を振る。

「せやけど寝てる安吾を起こすのも面倒やで。あいつめっちゃ寝起き悪いんや。下手におこしてどやされるならほっといた方がええわ」

 そのまま中に押し入りもせず、織田はさっさと廊下を歩きだす。その後ろをあわてて太宰が追いかけて行った。

 

 

 明かりがないと普段何気なく歩いている廊下がこれほどまでに遠く感じるのだろうか。一歩一歩慎重に歩を進めているのでただ同じ距離を進むのに時間がかかっているだけかもしれない。

 頼りになる明かりは手元のろうそくが一本。織田が持っているのだが、太宰は手が震えているので危なっかしくて持たせることができなかった。彼は織田の上着にしがみつきながらぴったりと体を寄せて離れようとはしない。

「なあ、太宰クン。そなにくっついとると動きにくいんやけどな」

「な、何言ってんだ織田作。俺を見捨てないでくれ!」

 いちいち言うことが大げさすぎるやないかと思わずにはいられない。だが太宰はおそらく先ほどの八雲先生の怪談が頭から離れないのだろう。なんせ、あの話の状況は今の自分たちと全く同じ。

 明かりの消えた廃屋をろうそくの明かりを頼りに進んでいく。その先に待っとるのは・・・と考えたところで余計なことを考えたらあかんと思考を打ち払う。

 頼まれた用事は面倒なのでさっさと済ませてしまいたい。だが、と織田は今まで思っていた疑問を口にする。

「ぶれーかーってなんやろな。太宰クン知ってるか?」

 はっきり言って根本的なところからわかっていなかった。えっという顔をして聞かれた太宰も困惑する。

「オダサクが知らないこと知るわけないだろ」

 現代の電子機器の常識はわからないことが多すぎる。停電は何度か起こっていたが、気付けばすぐに回復していたのでその直し方など知らない。

 何を直しに行くべきかよくわからずに二人は歩いていた。こういう時に限って誰にも出会わない。

「仕方ないわ。さっきの食堂へ戻ってみるわ。誰かおるやろ」

 

 

 ぐちゅ、ぐちゅと何やら奇妙な音が聞こえている。

 暗い食堂のテーブルが並ぶ隅の方からしているようだ。織田は入り口から顔だけ出してその不気味な音の源を目を凝らして探ろうとする。

「誰がおるんや」

「なんか変な音がしない? もしかしておばけ?」

 恐る恐る手にした明かりを音のする方へ向ける。

 ぼんやりと灯が淡く奥を照らす。まず赤く染まった手が見えた。そして白い服を無残にも穢す赤い染み、これは。

 ゆっくりと明かりで上の方を照らす。笑みを浮かべた口元が赤く汚れていた。

「どうしてだろう、うまく・・・ない・・・」

 か細いその声に背筋に寒気が走る。俯いていた視線がこちらへ向けられた。二人と目が合う。逃げようとする太宰の首元をむんずとつかんだまま、織田作は前を睨みつけた。

「そこにいるんはだれや!」

 意を決して近づくと、鮮やかな紅い髪がろうそくの明かりに照らし出された。

「あれ、織田君に太宰君じゃないか。どうしたんだい?」

 にこにこしながら武者小路実篤が真っ赤に染まった手を振っていた。のんびりしたその様子にずるりと気負っていた力が抜けた。

「武者はん、どないしたんですか、服が真っ赤でっせ」

「あ、本当だ。どうしてこうなったんだろう」

 赤く汚れた自分の姿をかえりみて、初めてその惨状に気づいたのか驚いて目を丸くしていた。

 がたんと暗闇の食堂に音が鳴り響いて、また太宰が肩を跳ね上げた。

「こら、武者。食べるのは俺が帰ってくるまで待ってろって言っただろ!」

 食堂の奥からライターの火を照らして、怒鳴ってやって来たのは志賀直哉だった。彼は武者の方へ怒りを押し殺しながら歩いてくると、乱暴にその口元をぬぐった。

「停電になったんだから何も見えねえのはあたりまえだろうが! 明かりがつくまで待てなかったのかよ」

「だって待ってたらせっかく志賀がつくったオムライスが冷めちゃうじゃないか。食べるだけなら平気かなと思ってケチャップを出そうとしたんだけど、なんでこうなったのかな」

「おまえ、もしかして逆に持たなかったか? さかさまにしたら吹き出すのは当たり前だろ」

 武者のまわりの惨事を見渡して志賀がため息をつく。テーブルに転がっているケチャップの容器は空っぽだ。どうやら暗闇で上下逆にもったまま出そうとして見事に噴水のごとく噴出したらしい。

 乱暴に顔だけ拭った志賀は武者の腕を取って立たせようとする。

「ほら、さっさと着替えに部屋に帰るぞ」

「待ってよ、オムライス食べてからじゃダメかな」

「あの、武者はんに志賀はん」

 声をかけられて初めて志賀がこちらを向く。

「なんだ、織田に太宰じゃねえか。いつからいたんだ?」

 武者に気を取られて織田たちに気付いていなかったらしい。

「あんさんが来る前からおりましたわ。ちょっと教えてほしいことがあるんやけど」

 尋ねられた志賀は少し目を丸くすると、ふっと笑った。

「お前たちが俺に何かを聞いてくるなんて珍しいな。で、なんだ?」

「ブレーカーってしってはりますか?」

 志賀と武者が思わず目を合わせる。

「知ってる? 志賀」

「聞いたことがあるくらいだけどな。で、それがどうした」

 室生に言われたことを手短に説明する。腕を組んで何かを思い出そうとした志賀がああと小さく呻いた。

「確かここにはねえよ。前に停電になった時に室生と一緒に食堂を捜索したんだ。あの時は別の場所にあったぜ。食堂以外の場所を探してみろよ」

「ずいぶんと漠然としてはりますな」

 聞いておいてなんだが志賀の無責任な発言に思わず睨みつける。この小説の神様とはどうもそりが合わない。いまだに。

 後輩の不遜な態度にも志賀はそれほど怒るでもない。

「それがものを尋ねる奴の態度か。まあ、知らねえもんは知らねえし。手伝ってやりてえが、武者がこの格好だからなあ」

 ケチャップまみれの武者をやれやれと眺めた。白い服をこれだけ見事に汚されれば洗濯して落ちるかどうか。

「えー、僕はあとでもいいよ。僕たちも一緒に行こうよ、志賀。おもしろそうじゃないいか」

「駄目だ、武者。着替えが先だ。そんなカッコのお前を連れて歩いてみろ。誤解する奴がいるかもしれねえじゃないか。気の弱い奴がそんなの見て腰抜かしたら大事になるだろうが」

 確かに赤いケチャップをつけた武者が暗い廊下をうろうろしていたら、血まみれの幽霊か何かと間違えられるのは確実だろう。

 そのとき織田の服の後ろがぎゅっときつく掴まれた。

「あんたの助けなんかいらない! 俺たちがやるから手を出すな、志賀直哉!」

 ぎょっとして後ろの太宰を振り返る。あいかわらず上着をつかんだままだが、その眼は強い光を帯びて志賀を睨みつけていた。

 いきなり喧嘩を売られた志賀は余裕の表情で口元を釣り上げた。

「へえ、震えている割には威勢のいいことだな」

「うるさい! 行くぞ、オダサク。こいつとなんか話している暇なんかないだろ!」

  志賀を前にしたことで殺気の弱きはどこへやら、途端に威勢がよくなった太宰は肩を怒らせて織田の腕を乱暴につかむと足早に食堂を出ていった。

 挨拶もせずに去ろうとする二人の背中に志賀が声をかける。

「いつも司書の傍にいるあのしゃべる猫を探してみろよ。この図書館についてはあの猫が一番よくわかっているからな」

 

 

「猫を探せゆうてたが、この暗闇でどないせいっていうんや」

  本日は運悪く館長も特別司書も出張とやらでいない。残っているのは文豪たちと猫だけ。だとすると図書館について一番知っているのは猫なのは間違いないのだが。

 普段から自由気ままに動き回る猫の居所など知るはずもない。

「どないする、太宰クン。猫好きの室生先生なら居場所とか隠れ家を知ってそうやし、一度戻ってみんか」

「このままブレーカーを探す。あいつの言うことなんて聞くもんか!」

 志賀に対して完全に敵愾心を燃やす太宰はどうやっても彼の言う通りにはしたくないらしい。織田も気にならない訳はないが、ただアドバイスだけは的外れではないと思っている。

「せやけどなあ、ワシらにはほかに手がかりもないんや。ここはおとなしく・・・」

「ひぎゃぁぁぁ!」

 急に目の前で大声を上げて飛び跳ねた太宰に、後ろを歩いていた織田もびくっと身体を硬直させた。

「な、なんや。どないしたんや太宰クン」

 腰を抜かして力なくしゃがみこんだ太宰は声を出す余裕すらないらしい。かろうじて震える指先で指示したそちらに目を凝らす。

 何かの塊がゆらりゆらりと揺れているのか。

「なんやこれ」

 ゆっくりと触れてみる。ひんやりと冷たい。それにぬめっとしている。

 今度は掌でつかんでみた。ぐにゅっとした触感。だがなんか覚えのあるような。

「わーい、成功です。やりました、ごん!」

 廊下の角からひょっこり顔を出したのは新見南吉だった。いつも一緒にいる狐のぬいぐるみを手に抱えて嬉しそうに飛び跳ねている。

 その後ろから様子をうかがいながらもう一人現れた。

「駄目ですよ、南吉君。やりすぎだよ。ほら、太宰さんが腰を抜かして立てなくなってているみたい」

「えー、でも最初にこれを教えてくれたのは賢治くんでしょ」

「ボクだってさすがにお化け屋敷の古典中の古典で本気で驚く大人がいるとは思わないよ。だって今更感があるでしょう」

 南吉が計画立案者らしき宮沢賢治に文句を言うが、彼も腕を組んで不思議そうに悩んでいる。

「確かに斬新さはないよね」

「一回やるとネタばれになるからね」

 こっちのことは放って置いて二人でいたずらに盛り上がるのを見ながら、織田はまだ立ち上がれない太宰に言った。

「なあ、太宰くん。ワシら、子供に馬鹿にされてるみたいやな」

「子供とは聞きづてならないかな」

 きっと賢治がこちらを振り向く。

「南吉君はそうかもしれないけど、ボクは君よりもずっと年上だよ。子ども扱いは心外かな」

「そうはいってもなあ。そうゆうならせめて最初から転生した時に大人の姿で出てきてくれまへんか。そのちっこいなりで言われても説得力あらへんで」

「ボクは好きでこの姿になったから人の好みにいちいち文句を言わないでよ」

 だが頬を膨らませて怒るその姿はどう見てもかわいい少年でしかない。実際の年齢順と転生後の姿とのかい離のせいでやりにくいのは彼だけではない。

 転生した文豪の中でも特に若いとみなされがちな織田と太宰はどうしても彼らの時代には名をはせてとうに鬼籍に入っていた先生たちが若く目の前にいることにどうも慣れない。

「それで織田君にぶつけはったのはもしかして」

「そう、こんにゃく。手作りお化け屋敷の定番でしょ」

「ぼくがつくったの。うまくできたでしょ」

 得意げに南吉が胸を張る。上を見上げてみれば、天井の明かりに糸を使ってこんにゃくがぶら下げられていた。

「こんなもんにたまたま命中する太宰君も運が悪いけど、そこまで驚かんでも」

 悪いことには悪いことが重なるようだ。無様に気絶しなかっただけ良しと織田は考えた。

 織田は厳しい顔を作っていたずら好きな二人を睨んだ。

「二人とも部屋に帰りや。明かりを今つけてくるさかい、うろうろしてたらあぶないやろ」

「ボクはもともと田舎暮らしだからこの程度の暗闇ってなれてるんだけど。僕の故郷は夜なんか星がないと真っ暗だけどね。まあいいや。今日のいたずらは成功したから、また明日新しいいたずら考えようね」

「うん、そうだね。今度はもっと楽しくてびっくりするのを考えないとね!」

 お騒がせな子供の姿をした二人は手をつなぎ合って部屋へと帰って行った。

「まったく、なんつうことしてくれるんや。大丈夫か、太宰クン。ちゃんと正体見とったろ、ただのこんにゃくやさかい。おばけやないわ」

「でも、心臓に悪すぎるよ・・・」

 床に四つん這いになって荒く息を吐いている。

「しゃあない、明日司書はんがかえってきはったら、報告しとくわ。いいかげんにしてくれって。あの二人はあのままにしておくとなにしだすかわからんもんなあ」

 

 

「今度は前をオダサクが歩いてくれよな」

「はいはい、太宰クンもちゃんとわしにつかまってやー」

  後ろから太宰が服にしがみついているこの構図は完全に引率の先生だ。さっきのこんにゃくの一件で彼は暗くて見えない廊下を先に歩くのが怖くなったらしい。

 図書館の中は不気味なほどしんと静まり返っている。彼らが今歩いているのは文豪たちが個室を与えられている居住スペースではなく、多くの図書館の蔵書が収められている場所だ。静寂に包まれているせいかこつこつとかかとの音が否応にも響く。

 暗いから当然誰も本なんか読みに来るはずもない。いつもは月明かりが差し込む天窓はこの天気では月など隠れてしまって見上げても真っ暗だ。

 手を前にかざして本棚との間合いを計りながら歩かないと、ついうっかり頭からぶつかりかねない。

「うぎゃっ!」

 また後ろから太宰の悲鳴が聞こえて、織田は勢いよく振り向いた。

「なんや、また変なもんがぶつかったんか?」

 しかしそこには声すらあげられずしゃがみこんだ太宰しかいない。涙目の彼はがくがくと身体を震わせているばかりだ。

「なにもしゃべらんとわからへんで」

 腰に両腕を当てて太宰を見下ろすが、彼は急に目を見開くと震える指先で織田の後ろを指さした。

「後ろってなんやあるんか・・・!?」

 首筋に冷やりとしたものが当てられた。凍えるような冷たい指先がそっと織田の首をそっと撫でる。

「髪が傷んでいるようですね。髪を伸ばすのであればお手入れはちゃんとしていますか?」

 すいっと触れるかいなかというかすかな感触が首筋を伝う。

 ぞっと背筋に寒気が走っておもわずろうそくを取り落としそうになった。その手を誰かがそっと触れた。

「ダメですよ。ここで火事など起こしたら我々が潜書で苦労したのが水の泡ですからね」

 明かりに照らされたその姿に織田はやっと我に返ってすぐさま牙をむいた。

「乱歩はんに谷崎先生! 俺たちを驚かせて何をしたいんや!」

 怒鳴られた江戸川乱歩はきょとんとすると口に手を当ててクックックと笑った。

「いいですね、その顔。わざとではなかったのですが君が怒る顔は大変興味深いです」

 普段はあまり我々に対して怒りませんからねと呑気にのたまう。後ろから織田の隣に立った谷崎純一郎も妖しい笑みを浮かべるだけだ。

「それは呆れてるだけや。あんたの仕掛ける常識はずれのいたずらに怒るのは他の連中がやってくれるさかい。それやのうて、なんでこないな真っ暗なところにおるんや」

 心外なと言いたげに谷崎が首を傾げながら言う。

「私はもちろん永井先生の御本を拝見していただけですよ。そうしたら急に停電になったもので」

「こちらもそうです。なにか面白そうな手品のネタを探しに参ったのですが、真っ暗になってしまいましてねえ。そうしたらこちらの谷崎先生がいらっしゃったのでいろいろと面白い話を伺っておりました」

「江戸川さんも人の心情の深遠について良いお考えをお持ちのようで」

「いえ、谷崎先生には到底及びませんよ、ふふふ」

 暗闇の中でろうそくの明かりに顔を浮かばせながら妖しく密やかな笑い声を上げる二人の奇人の文豪に、織田も太宰も思わず後ずさる。

 はっきりいってこの二人の談義に関わってはいけない。戻れない場所へ引きずり込まれそうだ。それは無意識に本能が告げていた。

 ぐいっと腰を抜かしたままの太宰を引っ張り上げてその耳にささやいた。

「逃げるんや、太宰君。この先生たちに関わったらあかん」

 つかまる前に急いで織田たちは図書館を後にした。

 

 

「まったく、停電なんやから先生たちも部屋でおとなしゅうしててもらいたいもんやな」

「それでブレーカーはどうするんだ?」

 暗闇の中でも元気に活動している文豪の先生方のせいで当初の目的をすっかり忘れていた。うーんと腕を組みながら織田は悩む。

「停電は直らんしなあ。やっぱワシらがいかんと駄目やないか?」

「うう、俺、これ以上驚いたら死んじゃう・・・」

「太宰君は冗談でもそないなこというなや。って廊下にまだ誰かおるな」

 暗い廊下にうずくまる人影。向こうも廊下に灯る唯一の明かりに気付いたのか、軽く手を上げてきた。

 蛍火のように暗闇に赤く揺れる煙草の火を見た織田は、ここは禁煙やでと思わないでもなかったが、停電という非常事態ゆえ黙っていた。

「なんや菊池はんやないか。で、そっちの寄り掛かっておるのは」

「あ、芥川先生!」

 後ろから飛び跳ねるように太宰が喜びの声を上げた。口にくわえていた煙草をとると菊池寛がどこか疲れた様子で応えた。

「おーう、龍はこの通り寝てるぜ。今日も無頼の連中は元気だな。ん、一人足りねえみたいだが」

 ひい、ふうと指で数えながら菊池が首を傾げる。肩をすくめて織田が苦笑しながら答えた。

安吾の奴は自分の部屋でぐーすか寝てますわ。菊池さんの方こそこないな真っ暗な廊下で何してはりますか」

 菊池はちらりと肩に寄り掛かる芥川に視線を向けた。

「龍の奴が部屋に着くまでにもたねえで完全に寝ちまってな。そしたらこの停電だろ。廊下も真っ暗で眠ってるこいつを抱えて動くのはあぶねえからな。どうにかなるまでここで待ってたってわけよ」

 もう片方の手に持っていた携帯灰皿に煙草の灰を落とす。禁煙の館内でこっそり吸ってても一応梶にならないように気を使ってはいるらしい。

「それでお前らは何してるんだ」

「停電を直せるブレーカーというものを探しているんですわ。でも場所がわからのうて」

「そうか。悪いが俺も知らねえから役に立てねえな」

 二人がそんな言葉を躱している間に、太宰はじっと眠っている芥川の寝顔を眺めて感激していた。

「うわあ、芥川先生の寝顔が見れるなんて」

 その時、芥川の懐がもぞもぞと動いた気がした。

「ん、何か動いた?」

 気になって思わず近づいた太宰の顔に黒い者が飛びかかってきた。

「うわっ、毛むくじゃらのおばけ!」

「その声は太宰か、失敬な。吾輩はおばけではない」

 倒れた太宰の腹の上で尻尾を優雅に一振りすると毅然と顔を上げて周囲をねめつけた。毛艶のよいその黒い毛を悠然と舐めて乱れを整えた。

「館長のところの猫じゃねえか。いつから龍の懐にひそんでいたんだ」

「気づかぬとはまだまだだな。だが菊池、館内は禁煙だとあれほど言った筈だが?」

 ずっとそばにいた菊池も気付いていなかったらしい。黒い猫はふんと鼻を鳴らすと、険しい視線を織田に向けた。

「なぜ館内が真っ暗なのだ。吾輩が寝ている間になにがおこったのか聞かせろ」

「寝ていたくせに偉そうな猫ですなあ」

「何か言ったか、織田作之助

「なんでもおまへん」

 傲岸不遜な態度は相変わらずだ。逆らってもいいことはない。

 織田は仕方なく停電でブレーカーが落ちたことを説明する。

「にゃんだ。その程度でうろたえておったのか。ブレーカーのありかまで案内してやろう」

「頼んます。それでなんで芥川先生の懐でねとったんですか?」

「あれ、なんか軽くなったなあと思ったら猫いなくなってるねえ」

 ぼんやりとした声で芥川が目を覚ましたらしい。閉ざされていた目がゆっくりと見開かれると寄り掛かっていた菊池の姿に気付いたのかとろんとしたまなざしのまま穏やかにほほ笑んだ。

「やあ、寛。おはよう」

 菊池は呆れた様子でため息をつくと、その額を指で小突いた。

「おはようじゃねえ、おい龍。なんでおめえは懐に館長のところの猫を入れてたんだ」

「猫? ああ、なんか眠いから良く寝れそうないい寝床を探しているって言ったから僕の懐へどうぞって入れてあげたんだ。そうしたらなんかいいぐあいに温かくてだんだん僕まで眠くなっちゃってねえ」

「ああ、それでか。道理でいくら声かけても起きねえわけだ」

 半分キレ気味に菊池が芥川の襟元をつかんだ。そういや小泉の怪談の間から菊池に寄り掛かって寝ていたなと思いだす。いくら細いとはいえさすがに大人の男一人をずっと肩で支えていては重いし身体もこわばる。

「あれ、太宰君と織田君じゃないか。君たちもどうしたのかい。それにこんなに真っ暗なのはなぜだろうね」

 いかなる時でも自分のペースを崩さない芥川はこんな非常事態でも相変わらずだ。どう答えようか迷っていると、菊池がいいから行けと手を振った。彼は口では悪態をついても友人を見捨てるようなことはしない。

「龍のことは気にすんな。さっさと猫に案内してもらってこの停電直して来い」

 追い払われるように織田はもとの仕事に戻る。芥川のところにいると言い張る太宰を引っ張って織田は先を行く猫の後をついていった。

 

 

「ブレーカーはこの建物の裏口にあるにゃ。おまえも最初にここに来た文豪なのだからそのくらい覚えておけ」

「最初に来たからっていつまでもこき使われるのはわりにあいまへんな」

「ぐだぐだいうな。文句なら吾輩ではなくお前を最初に選んだ特務司書に言うんだな」

 ぴしゃりと言い放つと猫は一つの扉の前で歩みを止めた。

「ブレーカーはこの向うの部屋の裏口付近にある。さっさとやってこい。吾輩は残った仕事をかたづけなくてはならないからな」

「最後までつきおうてはくれへんのか」

「吾輩は忙しい」

 そういうと腰を優雅に揺らして猫は暗闇の廊下へと消えて行ってしまった。闇夜も見える猫にとってはこの程度の暗闇は気にするものでもないのだろう。

 織田は仕方ないとドアノブに手をかけた。

「なあ、織田作。もうなにもないよな。罠とか、仕掛けとか、お化けとか」

「いやなこというなや。あれだけあったんやもうあるはずはあらへん」

 織田としてもこれ以上のトラブルはまっぴらだ。ゆっくりと扉を開ける。暗闇に包まれた部屋はしんとしている。

「ほら、なにもあらへん」

 ろうそくを掲げて中に入った織田は明かりを照らしながらブレーカーのありかを探す。

「ブレーカーはどこや」

 見ればすぐわかると言われたのにスイッチらしきものはなかなか見つからない。すると入り口で待っていた太宰の顔が急に青ざめた。

「どないしたんや、太宰クン」

「なんかあっちの方で白い者が見えた気が・・・」

 指さす方を見たが何も見えない。

「見間違いやないか。さっさと仕事を済ませんと・・・」

 風は一切なかった。開いているのは彼らが入ってきた扉一つ。それなのに織田の手にしていたろうそくの明かりがふっと消えた。

 明かりに慣れた彼らの眼は暗闇で何も見えなくなる。

「なんや、いきなり!」

「あ、あれ」

 裏口の扉ががたがた揺れる。窓も揺れる。壁も何もかもが揺れる。

 すべてが揺れているはずなのに、自分の立っている場所は揺れていない。見えないが故に一層恐怖心が煽られる。

「まさかほんまに」

 お化けのせいやないやろなと。怪談話などしたからよくない者が寄って来たのだろうか。

(だとしたら恨みまっせ。小泉先生!)

 心の中で悪態をつくと織田はおびえている太宰の下へ駆け寄った。

「大丈夫や、ワシはここにおる。太宰クンもしっかりせえ!」

 そうは言いながらも織田も冷や汗が止まらない。背筋を這い上がる冷気はなんなのか。冷房が止まった館内はじんわりと汗ばむ夏の暑さが残っていたはずなのに、今は身体が震えるほど寒い。

「なんか似てる。この間、小泉先生の本に潜書したあの場所と同じ感じがする」

 感覚が繊細がゆえに変化にも敏感な太宰が身体を震わす。その言葉にさすがの織田も顔が引きつる。

「それはこないだの特別任務で小泉先生のそっくりな奴がでたとかいうのとおなじなんか?」

 これは本気でやばいものを引き寄せたか。まさかと織田は頭を振る。だがこれだけ建物が揺れているのに、誰も騒いでいる様子がない。おかしい、どう考えても。

(正体がわからないもんにどない対処せいっつうんや)

 震える織田をぎゅっと抱きしめた。何かが近づいてくる気配がする。

 ずるり、ずるりと地を這うような音が耳の奥に響いて聞こえる。濡れて重く、引きずるような不気味な音。

 嫌な感じだ。ここはもういつもの図書館ではない。

 闇で見えない前方を向いたまま織田はしがみついているはずの太宰に声をかける。

「いったん引いた方がええな。太宰クン、おい、聞いとるかって。ちょっとまてや、まさか気絶しとるんか!」

 突然腕に重みが増したと思ったら太宰はさきほどからの恐怖の連続でついに意識を手放したらしい。いくら揺すっても正気を失った太宰の意識が戻る気配はない。

 何も見えぬ暗闇の奥に目を凝らしながら織田は睨みつける。動けない太宰を残して逃げるわけにはいかなかった。その間にも得体のしれない気配の重圧がのしかかってくる。

「ここではワシらの本を武器に変えられへんからなあ」

 思わず腰に伸びた手をぎゅっと握りしめた。本の中の世界であれば武器がある。本を穢す化け物を一刀両断にできる武器が。だがここは現実だ。

 そもそもお化けが織田の刃で切れるのか。

(小泉先生ならいけそうやが、ワシにはそないな霊感あらしまへん)

 息苦しいほどの圧力を全身で感じながら息をのむ。不穏な気配が織田たちを包み込もうと目の前で広がる。

 捕まる、本能的にそう感じて目をつぶったその時だった。

「なにしてるんだ、おまえら」

 緊張感のないたるんだ声に、金縛りになっていた身体から急に圧力が消えた。

 恐る恐る振り向くと、金属のライターで火をつけた坂口安吾がけだるげに戸口に寄りかかっていた。

「まさか暗くて腰抜かしたわけじゃねえよな。げ、太宰の奴、気絶してるじゃねえか。何があったんだよ」

 顔をしかめた坂口はしゃがみこんでいる二人を押しのけるとずんずんと奥へと気にするでもなく進んでゆく。

 裏口の戸のところでライターを掲げると、手を伸ばした。

「こいつを上げりゃあいんだろ」

 ぱちっとスイッチが上がる音がして、眩しい明りが室内に戻ってきた。

 織田は急いで部屋の中を見回すが何もない。床を引きずった跡も、水の滴るような痕跡も。

 呆然とする織田の頭を坂口は軽く叩いた。

「いつまで呆けてるんだ。さっさともどるぞ」

 まだ気絶している太宰を軽々と肩に担ぎ上げると、開いた手を織田に差しのべた。その腕を取って立ち上がりながら織田は顔をこわばらせたまま尋ねた。

「なあ、安吾。ここに来るとき変な気配せえへんかったか? 揺れたりとか、変な音が聞こえたりとか」

「何もねえぜ。夢でも見てたんじゃねえのか?」

 肩をすくめてさっさと行ってしまう。入口で立ちすくんだ織田はもう一度裏口のある部屋を見やる。

 明かりのついた部屋はがらんとしていて何もない。動くものも、音もない。

 彼の言う通り夢を見ていたのか。いや、そんなはずは。

 首を振ると織田は拳を握りしめ、先を行く坂口の背を追いかけて行った。

 

 

「昨日揺れなかったかですって? なにもないですよ」

 一通り昨日の出来事について何か変わったことがないか聞いて回ったが皆、電気が消えた以外は何もないと言っていた。

 織田は少々寝不足の頭をかきむしった。

「なんや、ワシしか見とらんのかい」

 一緒にいたはずの太宰はさっさと気絶してしまったため、裏口についたあたりから記憶が飛んでいるという。人間、あまりの恐怖に直面すると忘れてしまう習性があるのだろう。

 頭を抱えている織田の後ろに誰かの気配が立った。

「悩んでいるようデスね。織田さん」

「小泉先生、あんたの怪談はほんまに幽霊を呼ぶんやろか」

 小泉はふと考え込む仕草をしてから、さあと首を傾げた。

「この八百八神の国はワタシの知らないこともたくさんありマスからね。ですが皆さんが知らないというのであれば、織田さんの気のせいではないデスか?」

 揺れる扉、震える窓、そして不気味な気配。あれら全てが気のせいなのか。

 誰も見ていないなら自分はただ小泉八雲の言う通り夢を見ていたのか。

「せやけどなあ、あまりになまなましくて夢って感じがせえへんかったんやけど」

 じっとりと重くて、生臭くて、近づいてきたあれはいったいなんだったのだろう。

 なんか深く考えてはいけないもののような気がする。早く忘れてしまった方がいいのかもしれない。

「そう、忘れた方がいいデスよ。織田さん」

 織田の心の内を見透かすように小泉がつぶやいた。はっと見上げると目の前にあるはずの彼の顔が次第におぼろになってゆく。

 揺らぐ視界。頭がぼんやりとする。小泉の声がどこか遠くから聞こえた。

「この世にはワタシたちのしらなくていいこともまだまだたくさんあるのデスから・・・」

 

 

 怪談話のイベント、八雲先生の真骨頂でした。また来年もあるのでしょうか。

 そうしたら次の怪談の犠牲者は誰なんでしょう・・・。

 

2017年夏 特別任務『夏の夜の夢』

  第三会派 太宰治  →  小泉八雲

       三好達治

       横光利一

       菊池寛