ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

素質 ~篭手切江~

「私は篭手切江。郷義弘の打った脇差です。これからよろしくお願いします」

 両の手を脇にピシッと揃えて背筋を伸ばし、思いっきり前へ身体を折り曲げ最大限のお辞儀をした。あいどるはまず挨拶が大事だ。特に自分よりもこの本丸にいるという先輩たちにはまず敬意を示さなくては。

 だが親しいとはいかなくてもなにかしらの返事が返ってくることを期待したが、なぜか何も言ってこない。不思議に思ってお辞儀をしたまま目線だけを上に向けた。

 挨拶を向けたその人の目はわずかに伏せられたままで、先ほどと全く表情は変わっていない。いやなにか雰囲気が暗くないだろうか。

「あの・・・」

「あ、気にしなくていいぜ。こいつは新人にはいつもこんな無愛想な感じだからな。これでも面倒見はいい方だし、黙ってても慣れるまでは口数が少ないだけで嫌ってるわけじゃねえからな」

 隣でにやにやしながら成り行きを見守っていた金髪の元気な彼が軽快な口調で笑った。先ほど突然この世に現れてうろたえている私をこの本丸に連れてきてくれた気さくな方である。

 布を掴んで目元を隠したその人が恨めし気な声でつぶやいた。

「獅子王、勝手なことを言うな」

「いいじゃん。ほんとのことなんだしよ。まあ山姥切は周りはよく見てるくせに自分の事を分かってねえし、いまだに低く評価したままなんだよな。ま、そこがお前らしいし、周りを気遣ういい奴だってわかってるけど」

「くっ・・・」

 のぞき見えた頬がわずかに赤くなっている。苦りきった顔をしているのは自分が誉められてどうしていいのかわからないなのだろか。誉められればうれしいと思うのが普通だろうに、どうやら違うらしい。

 彼はこの本丸で最古参の刀だと聞いたが、冷たそうな第一印象に反して新人に対して偉そうにはしないようだ。

 少し黙れと言いたげに獅子王を睨みつけてからわずかに瞠目すると、山姥切国広と名乗った彼は低く静かな声で篭手切に告げた。

「ここではどの刀も大事な刀だと審神者である主は言っている。だから俺たちに対してはそんなに礼儀正しくしなくていい。あんたが礼をつくすなら主だけでいいんだ」

「そうそう、主に無礼なことを言うとあの長谷部がめちゃくちゃ怒るからな。なあ、山姥切」

「それは俺への当てつけか」

「何言ってんだ、ここじゃお前が一番あいつを怒らせているだろ」

 言い返せないのか唇をきゅっと噛み締めた彼は切れ長の目でこちらを一瞥するとついてくるように促した。

「まずは主への目通りが先だ。俺が案内する」

「はい!」

 ひらりひらりと目の先で揺れる布を急ぎ足で追いかけながらその後ろをついていく。先を行く彼の足早な歩きについていくのも少し大変だ。

 それにしてもこの建物はどれくらい大きいのだろう。庇のついた縁側の廊下を挟んで片側は様々な花や木がの植えられている庭、反対の建物側には廊下に面して障子がどこまでも連なっていておそらくその向こうは部屋なのだろう。廊下は終わりは見えない。重なる木々の向こう見える黒い瓦の屋根との距離からすると、この本丸という建物は延々とどこまでつながっているのか。

 物珍しげに見渡している篭手切江に一緒についてきていた獅子王が親しげに声をかけた。

「人の身になって建物の中を歩き回るのは慣れないうちは不便かもしれねえけどけっこう面白いぜ。何か気になることでもあったら遠慮なく俺に質問してくれよ。あいつほどじゃないが俺も結構古くからここにいるからな」

 どんと胸を張って親指で自分を指さした。太刀にしては小柄だと言うが刀としての器は大きいようだ。獅子王といえばたしか平安時代、源平の戦いで名を刻んだ刀だったような。先を行く山姥切も凛とした刀の気配を漂わせている。

 篭手切はまずは一番きになっていたことを質問した。

「ここにはどれくらいの刀がいるんですか?」

「えーと、最近結構増えたからな。確か六十振り以上はいたはずだぜ。昼間は出陣や遠征している奴とか内番で出ている奴もいるから、今日は本丸には半分も残ってないだろうけどな」

 庭の向こうの方で楽しげな声が響いた。篭手切は引き寄せられるようにそちらを向く。

「いち兄、みてみて」

「僕が先でした」

「こらこら、みんな順番ですよ」

 笑顔の似合う長身の青年が朗らかにほほ笑みながら幼さの残る少年たちに囲まれていた。

「あれは誰ですか?」

「一期一振とその弟たちだな。みんな粟田口の刀だ」

 篭手切の視線の先を追って獅子王が教えてくれた。

 粟田口。天下人や権力者が我先にと望んだ名刀。華やかな来歴を持つ刀は人の身となってもその姿は目を引いて放さない。

 見つめる視線に気づいたのか、一期一振と呼ばれた青年がこちらを向いて小さくお辞儀をして近づいてきた。

「この方が新しく来られた刀ですかな。私は一期一振、吉光が鍛えた唯一の太刀。そしてこの後ろにいるのが私の弟たちですな」

 一期に促されて彼の弟たちはそれぞれ名を告げてゆく。弟といってもそれぞれ顔立ちも雰囲気も違う。ただどことなくつながりを感じさせるのはそろいのその服のせいなのか、長兄である一期に寄せる信頼のまなざしが同じだからか。

 篭手切は彼らを一瞥して考え込むと、人差し指で眼鏡を押し上げた。

「かがり火が揺らぐ桜の樹の下で舞い踊るその姿」

「は?」

「ああ、見えてきました。夜の闇に舞い散る桜吹雪のなかで舞い踊る金扇子。黒い夜空に生える薄紅色の花びらを背にして並ぶ粟田口。一糸乱れぬその動き。せんたーはもっとも華やかで花のある兄が弟たちの信頼を一身に集めて高らかに歌い上げる」

「・・・おーい、大丈夫か」

 突然訳の分からないことをつぶやき始めたのを呆れて心配する獅子王をよそに、篭手切は廊下際に近寄るとがしっと一期の手を掴んだ。

「あなた方のすてーじはさぞかし素晴らしいでしょう。でもこの江も負けてはいません。れっすんを重ねて必ず粟田口の皆さんに負けないあいどるになりますから」

「は、はい?」

 どう反応していいか困ってあいまいな笑顔を浮かべるしかない一期。宣言して満足した篭手切は丁寧に一礼した。

「よくわかりませぬが、精進なさってください」

 一期は困惑しながらも弟たちに囲まれて離れていった。

「えーっと、だから何言ってんだおまえ」

 獅子王が戸惑って聞いてきたが、篭手切の視線は別のところへ向かう。

 向こう側の建物の縁側でのんびり座りながらお菓子を頬張っている二人組がいる。赤い着物を着た華奢だがどこか油断なさを感じさせる人と、もう一人は青い着物を着て無造作に足を組んで菓子を幸せそうに頬張っている人だ。

「あれは、新撰組の刀の加州清光と大和守安定だな。しょっちゅう喧嘩してるけどなんだかんだいいながらいつも一緒なんだよな」

 青と赤、違う性質を持ちながらも二人並ぶとしっくりくる。

 顔を見合わせて笑いあ嘘の仲の良さに篭手切の脳裡にまた別の光景が浮かび上がる。

「まったく性格も姿も違う二人ながら、手を合わせて鏡あわせに踊れば息はぴったり。戦場で背中合わせに戦える二人だからこその信頼感。楽しさを込めたその歌声はわくわく感をみんなに届ける。穏やかな本丸での日常はまさに幸せ印の花丸!」

「だから、おまえには何が見えているっていうんだよ!」

「すごいですね、ここにはたくさんの歌の可能性があるんですね!」

 篭手切は違う世界を見ているので、獅子王のツッコミはまったく耳に入っていない。

 いくら獅子王が呼びかけてもなにやら夢想している篭手切には届かなかった。訳の分からない異様な熱弁に巻き添えを食らいたくなくてあえて黙っていた山姥切がさすがに苦りきった顔で口を挟んだ。

「なんだ、あいつは。里では何もおかしなことはなかったか、獅子王」

「俺が聞きたいぜ。見つけた時は他の奴らを見つけた時と変わんなかったんだけどな」

 「顕現した時に不具合でも起きたのか? 後で主に聞いて政府に確かめてもらうか。ここには変わった奴も多いが、あんなのは初めてだ」

「・・・そういうお前も相当個性強いと思うけどな」

 最後の言葉は山姥切に聞こえないように別の方向を向きながら苦笑しつつボソッとつぶやいた。

 きらきらと目を輝かせ拳を握りしめて感激に震えている篭手切を扱い兼ねた二人はさてどうしようかと腕を組んで思案していた。

「あれ、こんなところに立ち止まっちゃってどうしたの、兄弟」

 先ほどから険しい顔をしていた山姥切の目下がその声の主を見て緩む。大きな洗濯物の入った籠を抱えた堀川国広は和泉守兼定とこれから外の物干しへ行くところのようだ。

「先ほど来た新入りを主のところへ案内していたところなんだが・・・」

「へえ、新入り? お、脇差じゃねえか。お前と同じだな国広」

 和泉守はにやりと笑って傍らの相棒を見下ろした。

「そうだね、脇差の仲間が増えるのは久しぶりだからうれしいなあ。そうだ、ちゃんとあいさつしなきゃ。ごめん、ちょっと持ってて兄弟」

 洗濯物の駕籠を山姥切に手渡して、堀川はにこやかにほほ笑みながら篭手切に近づいた。

「初めまして。僕は堀川国広。新撰組土方歳三の愛刀で和泉守兼定の相棒なんだ。同じ脇差としてこれからもよろしくね」

 差し出された手を篭手切はちょっと見てその顔に視線を移す。するとはっとしたように目を見開いた。軽く口を開けたままわなわなと震えだしている。

 突然硬直した篭手切にさすがの堀川も戸惑いを隠せない。

「えっと、彼どうしたのかな」

 苦い顔をして山姥切は顔面に手を当ててうつむき、獅子王はまたかという顔をして困ったように笑っている。

「さっきの二人とは違う華やかさ。目で語るだけで分かり合える信頼感。高く低く重なり合う歌声のはーもにーが聞く者を魅了する。ああすごい、互いに互いが必要なんだというその想いが伝わってくる!」

 和泉守と堀川を交互に見比べながら歓喜で打ち震えた。篭手切はがしっと堀川の手を掴むと、顔を近づけて訴えた。

「こんびもいいですがぐるーぷもいいですよ! そうだ、脇差でゆにっとを組むというのはどうでしょう。他の刀の戦いを補佐する役目の僕らが組めばきっと無敵ですよ!」

「おい、何言ってんだこいつは」

 当惑しながら山姥切に助けを求めるかのように和泉守がうめいた。

「俺に聞くな。やはり政府で何か手違いがおこったに違いない。早急に手を打つように主に言わないと・・・」

 山姥切が険しいまなざしで今後の対処をつぶやいていると、また誰かがこちらへ近づいてきた。

「おい、いつまでここで油を売っている。主が待ちくたびれているぞ」

 いつもの上から目線で長谷部が冷ややかな声をかけてきた。その後ろからひょいと燭台切も現れる。

「新入りの子が来たって聞いてね。食べ物の好みがあるかどうか聞きに来たんだけど。なんか取り込み中みたいだけどいいかな」

 さわやかに笑顔を浮かべて燭台切はすっと自然に手を差し出した。

「よろしく、新人君。僕は燭台切光忠。こっちの彼はへし切長谷部君だよ。さっそくで悪いけど、君の歓迎会をするつもりなんだけど好物はあるかい? 苦手なものがあったら考慮するし・・・」

 ぼうぜんと目の前の長身の彼を見つめていた篭手切がぼそっと小声でつぶやいた。

「・・・うどん」

「ん? うどんが好物なのかい?」

「うどんへの愛をここまで高らかに歌い上げられたことはあっただろうか。その作る過程を謳い上げたまさかのこんび。主への愛が詰まったうどんを作るために台所で繰り広げられた、奇跡のうどんみゅーじ・・・」

「は?」

 燭台切の横で聞いていた長谷部の顔に青筋が浮かぶ

「まてっ、それ以上言うな。ヤバい気がする」

 篭手切の口を急いで手で封じた獅子王がおそるおそる長谷部を上目づかいで窺った。

 無表情にこちらを見下ろす長谷部は黙ったままだ。

「えっと、長谷部?」

 彼のきき手がすっと腰に佩いた刀の柄に伸びた。刀に手をかけたまま長谷部は平然と言い放つ。

「たわけた発言はいい加減にしろ。新人とて俺は容赦はせん。へし切られたいか?」

「ちょっと待ってよ。長谷部君、落ち着いて。相手は本丸のこともわからない新人君だよ。ここは穏便に、ね?」

「黙れ。よくわからないが、こいつは一度叩き切らねば気が済まん」

 剣呑な表情のまま刀から手を離さない長谷部を燭台切が押しとどめている間に、山姥切たちは篭手切を引っ張ってその場を離れた。

「おいおい、余計なことを言ってあいつを怒らせるなよ」

「私は自分の中に湧き上がった感覚を素直に言葉で表現して誉めただけですよ」

「あれで誉めてるのかよ。わけわからねえ!」

 獅子王は怒鳴りながら篭手切を引っ張って走る。ようやく長谷部たちから見えないところへたどり着くと皆は一息ついた。

「なんなんだよお前は」

「いいかげんにしてくれないか」

 獅子王と山姥切両方から苦言を言われても、篭手切はなぜ怒られるのかぴんとこないらしい。むしろまた二人を見てじっと考え込んでいる。

「お二人からはまだ歌のいめーじがわかないんですよね。でもいつかはきっと・・・。来たるべき将来のためにこれから私と歌のれっすんをいたしませんか?」

「するかよ!」

「なぜ俺が歌うなんてそんな目立つことをしなければいけないんだ」

「どうしてですか? 素質がありそうなのにもったいないですよ」

 それでもあきらめない篭手切の肩を獅子王が掴んでうなだれた。

「だからお前にはいったい何が見えてるんだよ・・・」

 

 

 楽しい子だといいなと思います、篭手切君。こんなふうに書いてるけど、真面目でいい子ですよ。ほらちょっと政府の不具合で・・・。この後、審神者がお祈りしたら何かが落ちて少しは落ち着いたと思います。

 あの時の彼にはきっと何か素晴らしい映像が見えたことでしょう。 回想見て思いついてしまったので。

 遠征で地方遠征行ってきますと言うたびに、どこかでみんなの前で歌っているんだろうなと思ってしまう。

 

 脇差 篭手切江  二〇一七年八月二十一日顕