ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

主と刀と ~手紙~

「主、いるか。悪いが急ぎでこの書類の決裁を頼む・・・!?」

 審神者の部屋に踏み入れた山姥切は足裏に何かを踏みつけた感触を感じて、つい後ずさった。足元をよく見れば積み重なった紙が幾枚も畳の上に散乱している。

 まだ墨も乾ききっていないその一枚をかがんで手にした。細かな字が書き散らされたそれに目を落して文字を追う。

「なんだ手習いでも始めたのか。あんたの勝手だろうがこんなに散らかすとあとで歌仙に叱られる・・・」

 銀の細かな繊維の浮き出た上質そうな和紙を見つめていた山姥切の眼が文字を追うごとに徐々に剣呑に細まっていく。

「あ、切国。・・・そ、それは」

 慌てて振り向いた主は入り口に立ちすくむ己の初期刀の尋常ならざる気配に気付いて、顔を青ざめさせた。

 手に少し力を込めただけで紙の端がくしゃりと潰れる。

 座してこちらを振り向いたまま硬直して動かない主に、山姥切は低い声音でおどろおどろしく問い詰めた。

「また、手紙を、送ろうと、している、の、か」

 ゆっくりと音を一つ一つ区切りながら問う山姥切に、主は肩をびくっと震わせる。落ち着きなく左右に目をそよがせた後、後ろめたさを隠すようにそっと視線を外した。

「その、お中元を贈りましてそのお返しが先ほど届いたので。品物の中にお手紙が入っていまして、こちらからもその、それについて言葉を返さないと、と・・・」

 いつになく歯切れの悪い主の言葉に、連日の夏の暑さで気が短くなっている山姥切はいら立ちを抑えることができなかった。

 手にした紙を力いっぱい握りつぶす。

「何度言えば分るんだ、あんたは。幾度も間を開けずに手紙を送れば向こうだって困ると言っているだろう。それにあんたの手紙はとにかく長い。書きたいことをあれもこれもと全部書くからとんでもない長さの手紙になるだろうが。廊下の向こうまで届くような手紙を何度も送りつけられる向こうの本丸の迷惑も考えろ!」

「う、すみません」

 しょぼんとうなだれる主の憔悴した様子に、瞬発的な激高から我に返った山姥切は言い過ぎたかと心の中で少し後悔した。

 だが悪いことは言っていない。全部本当の事だ。

 握りつぶした紙を広げて文字の書かれたその最後を確認する。楷書ではっきりと書かれたその送り先を見て小さくため息をつく。手紙を成す他の文字よりも力を込めて丁寧に書かれたその名に、主の先方への想いが秘められている。

「あの山城国の本丸の審神者宛・・・か」

 この本丸なら自分も主の命を受けて訪れたことがある。静かな里のような場所だった。こちらが海の香りをどこか感じる広々とした土地にぽつりと孤立している本丸ならば、あちらは古い村の集落そのままを利用した本丸だった。

 短くはない旅路の果てにその本丸の門の前に着いた時、果たしてこれが目的の本丸だろうかと思わず地図を何度も見比べたほどだ。

 住まう建物が違えば俺たち刀剣男士たちの暮らしもあり方も変わる。他の本丸を多く知っている訳ではないが、それでも珍しいと言うことはなんとなくわかった。あちらの審神者の好みなのか、それとも他に事情があるのか。

 いや、他の本丸のことを俺なんかが勝手に推察するのはおこがましいな。ただ審神者が違えば俺たち刀もその影響からかどこか変わるというのが知れたのは面白いと思ったが。

 追憶から引き戻った山姥切は机の前に座ってこちらを仰ぎ見る主と視線があった。うかがうような、それでいて自分の意志を捻じ曲げる気はない主の眼。主の頑迷さを長い付き合いからいやというほど知っている山姥切は困ったように小さくため息をつく。

「いくら親しくしてもらっているといっても、好意に甘えるすぎるのはどうかと思うぞ。向こうも審神者の職務があるんだ。この時期は目が回るほど忙しいことは同じ審神者のあんたがよくわかっているはずだろ」

「そうでした。お手紙をいただけたことで、どうやら舞い上がってしまっていたようですね。でも、私は」

 力なく目線を落した主は膝元の着物を両の手できつく握りしめた。淡い青に染めた浴衣は夏らしく涼しげだが、今は主の血の気のない顔をさらに白く見せてしまう。

 主にそんな顔をさせるつもりではなかった山姥切は、険しい表情を緩めはしなかったがしかめた目の奥の光がわずかに翳る。うなだれた主は山姥切の方を見ることない。寝込むほどの病の時でも明るさを失わなかった主らしくもなく、俯いたまま気弱な言葉が口から洩れる。

「ほんの偶然から知己を得たあの方からお返事をいただくことができて、私は飛び上がるほどうれしかったのです。審神者としても成り立ちがあいまいで、政府から疑問を抱かれている私などと親しくしてくれる審神者の方がいらっしゃるとはとても思えなかった。だから初めは手紙を送ることもためらいました。相手方にとって迷惑ではないかと、いえ、嫌がられるに違いないと。あなたがた刀剣男士と共に時代を渡れる審神者は貴重で希少な存在。一緒に戦うのはおろか、この本丸から出ることもめったにできない私などその足元に及ばないと思っていていましたから」

「そんなことはない。あんたはあの時政府から押しつけられた形になってしまった審神者の職務を今になるまで一度たりとも投げだしたりはしなかった。それは最初からあんたのそばにいる俺が一番知っている。他の奴らだってあんたが審神者だからこそ信じて戦ってきたんだ。それは分かっているだろう!」

 あまりの発言に思わず高ぶった声を張り上げてしまった。だが主は仕方ないとあきらめにも似た色を浮かべただ微笑むだけだった。

 書き散らかした紙を拾い上げ、そこに書き記した己の字をじっと見つめてそっと指先で丁寧になぞる。

審神者として私はできる限りの力を尽くしてきました。でも私は今になってもまだ大人になりきれない子供、いえ、それ以上に病がちで無理のできない身体であることがあなた方の負担になっていることは分かっています。今は昔よりは自由に動くことはできるようになっていますが、普通の人と同じというにはまだ遠い。だからこそ私には自分には出来ない時を渡る力を持って戦えるあの方がまぶしいのです」

 わかりますかと笑顔を向けられて山姥切は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 右手の指の一つから不安にも似た感情が流れてくるのに気付く。なんだろうかと自分の指を見つめ、そして何かを伝うように視線を動かしていくと目の前に座る主にたどり着く。

 主とをつなぐ見えない絆、主の霊力が作り出した審神者と刀を結びつける糸。この本丸だけの特異な力。

 その先から抑えきれずに流れ込んでくるこの感情の意味なんて俺なんかにわかるはずもない。主がこのようなことを言った理由も、言わせた原因もこれだと思い至ることはできない。力のある名の知れた刀ならば人間と関わることも多かっただろうから違ったかもしれないだろうが。

 じっと手を見つめていた山姥切は思ったことを自分の内に全部押し込み、堪えるように目を閉じてぎゅっと拳をつくる。

「主が自分だけの譲れない想いがあって手紙を書いているのだということは分かった」

「わかって、いただけましたか」

 だが、と言葉を区切って山姥切は主をきつく睨む。

「手紙が長すぎるのと送りすぎるのはやはり駄目だ。俺もこちらに礼儀を守っているように見せかけて遠回しな嫌みが長々と書かれた政府の書類にいい加減苛立っているくらいだからな」

「それについては申し訳ありません。すっかり政府への対応を任せてしまって」

「あんたのその容姿じゃ仕方ない。政府には子供相手だからとこちらを下に見るやつらがいるからな。俺は政府相手ではうまくは立ち回れないが、長谷部がいいように言いくるめているから大丈夫だ。あいつら以上の礼儀正しさと嫌みに聞こえない嫌みで完膚なきまでに論破しているからな」

「そ、そうですか。でも切国にもずいぶん助けてもらっていますよ。定時報告のための政府への訪問は当初からあなたに任せきりでしょう。最初は苦手だと言っていたようですが、あちらの要求にも引かないでこちらの意見を押し通してくれているではありませんか」

「そんなことたいしたことじゃ、ない。俺はただ力任せで、他の奴らの方が俺なんかよりもっとうまくできるはずだ」

 否定はしてみたが主は相変わらず笑ったままで、その笑顔になんの迷いもない。なぜかいたたまれなくなり、頬に少し熱さを覚えたのを感じるとふいっと顔をそらす。

 視線を横にそらしてもまだ主の目が追ってくるような気がする。山姥切は困惑した顔を見せたくなくて目深にかぶった布をさらに乱暴に押し下げて隠した。

 山姥切は自分にとって気まずい雰囲気をどうにかしようと、話題を切り替えるために一際大きな声を出した。 

「とにかく、今は手紙のことだろう」

「・・・先に話をそらしたのは切国ではないかと。いえ、やはり手紙を送るのはだめでしょうか」

 語尾が弱々しく小さくなる主の声音に、頑ななはずの山姥切の心もぐらりと揺らぐ。

 再び小動物のように首をうなだれる主に罪悪感しか覚えないのはなぜだ。俺は間違ったことは言っていない、言っていないはずだ。

「長谷部からも、特に歌仙からはきつく言われている。これに関して主を甘やかすなとな。本丸内のことならどうにでもなるが、外部の、しかもよその本丸が関わるとあれば礼を欠くようなことは許すことはできない。儀礼に関してはあいつらがうるさいのは主もよく知っているだろう」

「・・・はい、それはもう身に染みて」

 小さくなる主に胸が痛んだ山姥切は歌仙たちの意に沿いなおかつ自分にできる限りの妥協案を提示する。そのあたりが長谷部たちに言わせると貴様は主に甘いと言われる原因でもあったのだが。

「さすがにあいつらも返事まで書くなとは言わないだろう。そっちの方が礼儀を欠くからな。・・・そうだな、回数は少し押さえて、手紙の長さもぐっと短くすれば」

「短く、ですか」

「当たり前だ」

 さすがにそこは譲れないと、紙の散らばった室内を見渡す。散らばった紙はざっと見渡しただけでも数十枚はあるだろう。

「これだけの量の手紙を送りつけるつもりだったんじゃないだろうな」

「いえ、半分は書き損じですけど。さすがに全部送るつもりはありませんよ、私でも」

「半分でも多すぎる! 大体手紙なんて紙一枚で事足りるだろう。そんなにたくさん何を書くんだ!」

「ええ、たくさんありますよ。本丸の事とか、出陣の事とか、審神者の心構えに、刀剣男士たちからの悩み相談の対応とか・・・あ」

「主、最期のは何だ」

「気にしないでください。名前はぼかしてますし」

「・・・質問内容ですぐわかるだろう。向こうにも別の俺たちがいるんだからな。それとまさか俺のことも相談しているとか言わないだろうな」

 乾いた笑い声でごまかす主に不審なまなざしを向けていた山姥切はきっぱりと言い切った。

「とにかく手紙は一枚までだ」

「わかりました。一枚ですね。では紙をつなぎ合わせて・・・」

 などといいつつ文机からのりなどくっつけるものを探し出そうとする主を急いで止める。

「一枚だろうと長いのは駄目だ。特にこの間の書状のように廊下の端まで届くような長いのは!」

 先日向こうの本丸に届けた書状は本丸の長い廊下の端から端まで渡してもまだ余るほど長く折りたたんでも尋常でない厚みであった。あれでは読むほうも苦労どころか苦痛だろう。

「じゃあせめて回数を週に一回、いえ三日に一度で」

「そんなに頻繁に手紙を送ったとしても、相手が忙しければ読む前に次が来てしまうだろう。まったく、いいかげんにあんたは必要な時に簡潔に書くということを憶えてくれ」

「ええと、それはおそらく無理だと思いますが・・・」

「無理でもやってくれ」

「・・・はい」

 

  友人に送りつけたネタの後日談。

 主の書く手紙は毎回とても長いというお話。